はじめに
「成果は出ていない。しかし、止める判断も誰もしない。」
そんな新規事業が、社内に一つや二つ、心当たりはないでしょうか。
私はこうした状態を”ゾンビ事業”と呼んでいます。
事業化できないまま、生きているとも死んでいるとも言えない状態で、人と予算を静かに消費し続ける事業のことです。
私はこれまで、大手電機メーカーでの新規事業推進と独立後の伴走支援・ハンズオン支援を通じて、数多くの事業の立ち上げと、そして終わり方を見てきました。
その経験から言えるのは、ゾンビ事業は担当者の怠慢から生まれるのではなく、”止める根拠”を最初に設計しなかったことから生まれるということです。
本稿では、ゾンビ事業が生まれるメカニズムと、その予防策をご紹介します。
企業内新規事業は「資金ショートしない」からこそ危ない
スタートアップは、資金が尽きれば強制的に終わります。
残酷ですが、明快です。
一方、企業内新規事業には、この強制終了の仕組みがありません。
会社全体の資金が尽きることはないため、小さな予算を付け替えながら、何年でも延命できてしまうのです。
これは一見、恵まれた環境に思えます。
しかし、この”死なない構造”こそがゾンビ事業の温床です。
誰かが意思を持って「止める」と判断しない限り終わらないのに、止める判断には痛みが伴います。担当者のキャリアへの配慮、投資済みコストへの未練、「あと少しで芽が出るかもしれない」という期待。こうした感情が絡み合い、判断は先送りされ続けます。
私が見てきた実例でも、撤退基準を決めていなかった事業は、目標未達が明らかになった後も「もう少し様子を見よう」が繰り返され、4〜5年にわたって延命し、累積損失が膨らみ続けました。
一方、撤退基準を決めていた事業は、未達の時点で縮小・転用の判断が下り、人と予算を次の挑戦に回すことができました。
この差は、担当者の能力の差ではありません。
設計の差です。
根っこにあるのは「目的の曖昧さ」
ゾンビ事業のメカニズムをさらに遡ると、行き着くのは目的の曖昧さです。
「何のためにこの事業をやるのか」「いくらの規模を、いつまでに期待するのか」が曖昧なままだと、どんな結果が出ても「解釈次第」になります。売上が計画を下回っても、「人材育成としては意味があった」「ブランドへの貢献はある」と、後付けの意義がいくらでも見つかるのです。
目的が曖昧な事業は、失敗と判定する根拠を誰も持てない。
だから止まらないのです。
つまり、ゾンビ事業の予防は、事業が苦しくなってからでは手遅れで、事業を始めるときに仕込むしかありません。
目的と期待値を言語化し、それと対になる撤退基準を最初に決めておくことです。
この「目的と期待値の設計」は、Udemy講座でも要のテーマとして扱っています。
撤退基準は「冷静さを保つ仕組み」である
撤退基準というと、後ろ向きな響きに聞こえるかもしれません。
しかし私は、撤退基準とは「未来の自分たちの冷静さを、あらかじめ約束しておく仕組み」だと捉えています。
基準は、KPIと期間の組み合わせで定量的に置きます。たとえば「この検証指標が、この水準を3か月連続で下回ったら、撤退または方向転換を検討する」という形です。
大切なのは、これを事業が順調なうち、つまり感情が入り込む前に、経営側と合意しておくことです。
苦しくなってから基準をつくろうとすると、必ず「基準そのものの交渉」が始まり、延命の理屈に飲み込まれます。
基準づくりの実務としては、三つの要素を押さえてください。
一つ目は、指標の選び方です。
売上のような結果指標だけでなく、そのフェーズで検証すべきこと(顧客の反応率、継続利用率、有償転換率など)に対応した先行指標を選びます。
二つ目は、期間です。
「未達が何か月続いたら」という時間の区切りを必ず添えます。
三つ目は、合意の相手です。
チーム内だけの基準は、いざというとき経営の「もう少しやってみたら」の一言で無効化されます。投資判断の権限を持つ層と、事業開始時点で握っておくことが肝心です。
そしてもう一つ。
撤退基準は、担当者を守る仕組みでもあります。
基準による撤退は「個人の失敗」ではなく「合意されたルールの適用」です。
挑戦した人が撤退によってキャリアを傷つけられる会社では、誰も挑戦しなくなります。
基準を先に決めることは、挑戦する人が安心して全力を出せる環境づくりでもあるのです。
おわりに
新規事業の撤退は敗北ではなく、経営資源を次の機会に振り向けるための戦略的選択です。
そして、その健全な撤退を可能にするのは、事業を始める日の設計です。
もしあなたがこれから新規事業を立ち上げるなら、事業計画と同じ熱量で、「止める根拠」も設計してください。
それが、あなた自身とチームを、ゾンビ化の泥沼から守ってくれます。
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