アイデアを変えても新規事業が前に進まないとき:31チームの追跡が示す”課題の据え置き”という停滞

はじめに

審査で3回目に見る提案が、前回とは別の商品案になっている。ところが、誰のどんな困りごとを解くのかを聞くと、答えは初回と同じです。

年間100件ほどの社内提案を審査していた頃から独立後の伴走支援まで、この形の提案には何度も会ってきました。担当者は怠けていません。むしろ毎回、案を作り直している。それでも、前に進んだ感じがしないのです。

私はこれまで、大手電機メーカーなどでの新規事業推進や独立後の伴走支援・ハンズオン支援を通じて数多くの事業開発に関わり、現在は国立大学で研究者のスタートアップ起業支援にも携わっています。前回に続き、現場で得た勘所を学術研究で確かめます。

今回読んだのは、デザイン研究の学術誌 Design Science に今年6月に載った、日本の研究者による1本です。企業と組んだ5か月の製品開発プロジェクトを31チーム分追いかけ、日常的に作成される進捗資料を比較して停滞を診断する枠組みを提案しています。冒頭の光景に、そのままあてはまっています。

研究:課題を据え置いたまま解決策だけを変える状態が続いたチームは、最終案の創造性評価が低かった

Ito らの研究(2026年6月)が対象にしたのは、日本の大学で企業と組んで行われた5か月の製品開発プロジェクトです。参加者は工学系の大学院1年生と、他大学のデザイン・美術系の学部3年生。5〜6人のチームが、企業から出された「離れて暮らす親を、本人の誇りを保ったまま見守る体験を設計せよ」といったお題に取り組みます。2021年から2023年の3年間で31チーム、161名です。

著者らは、各チームが約2週間ごとに出す進捗発表の資料を、中間・最終を含めて6回分、計186件集めました。そして毎回の資料から4つの要素だけを抜き出します。

1. 対象ユーザー
2. そのユーザーの困りごと
3. 困りごとが解けていない原因
4. 提供価値

前の3つが課題の置き方、最後の1つが解決策にあたります。次に、連続する2回の資料を並べて、課題の置き方と解決策のそれぞれが、

  • 前回から実質的に変わったか(更新)
  • 同じか(据え置き)
  • 以前の案に戻ったか(戻し)

のどれに当たるかを判定します。言い回しを変えただけ、要素を1つ足しただけの変化は、変わっていないと数えます。課題側と解決策側の判定を組み合わせると、

  • 両方更新
  • 両方据え置き
  • 課題だけ据え置き
  • 解決策だけ据え置き

の4つの型ができます。1チームにつき6回分の資料があるので、隣り合う2回を比べる判定は1チーム5回、31チームで155件になります。その内訳は、

  • 両方更新:54.2%
  • 両方据え置き:23.9%
  • 課題だけ据え置き:14.8%
  • 解決策だけ据え置き:7.1%

でした。最終発表の案は、評価者2名が独創性・効果・実現しやすさの3項目を7点満点で採点し、その平均を創造性スコアとしています。このスコアが統計的に見ても有意に低かった条件は2つでした。

  • 5回の比較のうち両方更新が1回以下だったチーム(創造性スコアの中央値は4.33で、それ以外のチームは5.00)
  • 課題だけ据え置きが2回以上あったチーム

です。解決策だけ据え置きと両方据え置きには、はっきりした差が出ていません。

もう1つ、見逃せない数字があります。中間発表で教員と企業の約20名が下したGoとNoGoの判定は、最終案の創造性スコアと関係していませんでした。GoでもNoGoでも、最後の案の出来は変わらなかったということです。

この研究の限界は、論文の本文に明記されています。参加者は学生で、実務家ではありません。日本の1大学の1プロジェクトです。低評価のチームを分ける境目(両方更新が1回以下、課題だけ据え置きが2回以上)はデータを見てから決めたもので、著者ら自身がこの研究を仮説を立てる段階と位置づけています。更新を増やせば評価が上がる、という因果関係を示したものでもありません。

もう1点、これは論文には書かれていません。巻末のチーム別一覧を数えると、解決策だけ据え置きが2回以上あったチームは31のうち2つだけです。差が出なかったからといって差が無いと読むには、チームの数が足りません。

筆者の読み:停滞は解決策ではなく、課題の側で起きている

ここからは私の解釈です。

この研究で私が一番重く受け取ったのは、解決策を取り替え続けても、課題を据え置いたチームの評価は低かった、という点です。解決策をいくつ出しても、停滞は解消されていません。著者らはこの事実に、解決策だけを据え置いたチームには差が出なかったという事実を並べて、課題の置き方が動いているかどうかが健全な反復の鍵だと結論づけています。ただし、後者は2チームだけの話なので、私は前者、つまり課題を据え置いたチームの評価が低かったという事実だけに注目しました。停滞は案の数ではなく、課題の側で起きています。

冒頭の光景は、この課題だけ据え置きの型そのものです。審査で「顧客にとっての価値が薄い」と言われた担当者は、次回までに商品案、この研究でいう解決策を作り直してきます。しかし、顧客に会いに戻ることは、まずありません。解決策を作り直すほうが、最初に決めた対象顧客を疑うより楽だからだと、私は見ています。

著者らの聞き取りにも、同じ形が出ています。

あるチームは、価値が限定的だという指摘を受けて変える必要を分かっていながら、新しく顧客に会うのではなく、過去の調査データを読み直して理解を深める対応にとどめています。別のチームは、お題の範囲から外れているという指摘を、解決策を直せば済むと受け取り、ユーザー調査をせずにアイデア出しを続けています。さらに別のチームはピボットを決めたものの、時間切れで、以前に出した案を出し直しています。著者らはこれらを、変える必要を分かっていながら、それまでの積み上げを捨てられない状態と表現し、サンクコスト(すでに使った時間や費用を惜しむ心理)や確証バイアス(自分の見立てに合う情報ばかりを集めてしまう傾向)と結びつけています。

大企業の新規事業では、ここに社内の制度という事情が重なります。初回審査で通した対象顧客と課題は、変えると「前提が変わった」と言われる。だから担当者は、課題を固定したまま解決策を変え続けます。

ここで、私の立場・考えを整理しておきます。

対象顧客と困りごとは、揺るがないと言えるところまで掘ってから解決策に進む。これが基本ではあります。ただ、掘りきったつもりの課題も、MVP(必要最小限の機能だけを持つ試作品)を作って顧客に当ててみると動くことが多々あります。つまり、当てることで精緻になるのは解決策だけではなく、顧客課題の側も同じです。

課題が固まるまでは、解決策に手を付けてはいけない、という考え方もありますが、実際に事業を立ち上げてきた経験からみると、MVPを当てる前に固まりきる課題はほとんどありません。だからこそ見るべきは、MVPを当てた結果として返ってきた指摘がどちらを向いているかです。「作れない」「高すぎる」「届け方が違う」は解決策側への指摘で、案を変えるのが正しい。「価値が薄い」「誰が困っているのか見えない」は課題側への指摘で、ここで解決策だけを作り直して課題を見直さないのが、この研究のいう課題だけ据え置きの型です。課題側の指摘を受けたら、固まったと思っていた顧客課題も疑い、再度確認しに行く。評価が低かったチームは、この合図を受け取りながら、顧客課題へ立ち戻らなかったチームでした。

新規事業の進め方の中で自分たちがいまどこにいるかを見立てる作業は、Udemy講座でも全体像の柱として扱っています。本稿が扱うのはその手前の段階で、進捗報告の節目ごとに、検討が止まっているチームを見つける方法です。

実務の手順:課題の4要素を節目ごとに並べる

この研究の枠組みは、新規事業提案制度などの事務局でも使えます。

専用のツールは不要で、著者らが実際に測ったところ、判定にかかる時間は1チームあたり約10分でした。

1. 進捗報告の資料から、対象顧客・困りごと・その原因・提供価値の4要素を毎回抜き出す。
2. 前回の4要素と並べて、更新・据え置き・戻しを付ける。言い換えや要素の足し引きは据え置きと数える。
3. 課題側の据え置きが2回続いたチームには、アイデア出しの場ではなく、固まったと思っていた顧客課題を再度確認しに行く場と、振り返りの場を入れる。
4. 課題も解決策も動いていないチームには、逆に試作と検証を促す。

3と4の使い分けが、この研究の実務上の核心だと考えます。停滞と聞くと発想ワークショップを入れたくなりますが、課題を据え置いているチームに必要なのは新しい案ではなく、対象顧客を疑い直す機会です。著者らも、この型のチームには、新しい案を促す刺激より、何がなぜ変わらなかったのかを順に確かめる、手順を決めた振り返りの場のほうが向くと書いています。

課題が据え置きになる場面は、聞き取りの記述から3つ拾えます。私はこれを危険信号として見ています。

  • 審査の指摘を「解決策を直せば済む」と受け取り、顧客に会いに戻らないとき
  • ピボットを決めたのに時間が足りず、前に出した案を出し直すとき
  • 課題の定義に時間を使い切り、解決策の評価と試作に進まないとき

3つ目は、課題も解決策も更新していたのに評価が低かったチームの側から、聞き取りで繰り返し出てきた話です。課題を動かすことと、課題ばかり考えることは、別物です。

事務局向けにもう1つ。中間審査の合否と、課題の置き方がどう動いてきたかの記録は、別々に残してください。この研究では、中間審査のGoが最終案の質を予測していませんでした。Goを出した時点の案の出来ではなく、その後も課題の置き方が動き続けたかどうかが、最後の質を分けている可能性があります。合否は投資の判断であって、検討が健全に回っているかどうかを示すものではありません。

おわりに

「うちの担当者はピボットが早い」と、良い意味で口にする事務局の方がいます。

ただ、その多くは解決策のピボットです。対象顧客と困りごとが初回から動いていないなら、それは前進ではなく、この研究のいう停滞のほうです。前進と呼べるのは、対象顧客を疑い直す動きがあるときです。

先日のコラム(https://www.sabbaticalfirm.com/column20260915/)で、PoC(検証)は1回につき問いを1つに絞ると書きました。今回の研究はその一段手前の話です。問いを絞っても、問いを立てる土台になる課題が据え置きのままなら、検証は同じ場所を回り続けます。案が変わったかではなく、誰のどんな困りごとを解くのかが変わったか。節目ごとにそこを見るだけで、停滞は早く見つかります。

本稿における研究の読み解きと実務への翻訳は筆者によるものであり、原著者の意図や解釈と一致するとは限りません。判断の前に原典をご確認ください。

出典


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