はじめに
「来期から新規事業を担当してほしい」
ある日突然そう告げられて、このコラムに辿り着いた方もいらっしゃるかもしれません。
おめでとうございます、と申し上げたいところですが、率直に言えば、多くの新任担当者は期待と同じくらいの不安を抱えて着任します。
「何から手をつければいいのか分からない」というのが、正直なところではないでしょうか。
私はこれまで、大手電機メーカーなどで新規事業提案制度など新規事業プログラムの立ち上げ・運営を担い、独立後もさまざまな企業の新規事業に伴走してきました。
その経験から言えるのは、着任直後の3ヶ月の使い方が、その後の数年を大きく左右するということです。
そして、最初にやるべきことは、アイデア出しではありません。
本稿では、新任担当者が最初の3ヶ月で整えるべき三つのことをご紹介します。
一つ目:会社の期待値を言語化する
最初の1ヶ月で取り組むべきは、「会社はこの新規事業に、何を、どこまで期待しているのか」の言語化です。
新規事業の目的は一つではありません。
新規収益の創出、既存事業の防衛・補完、人材育成、組織風土の変革。
どれもあり得ますし、たいてい複数が混ざっています。
問題は、目的が違えば同じ結果でも評価が変わることです。
3年目に売上1億円という結果は、10億円の収益を期待されていれば失敗であり、人材育成が主目的なら成功にもなり得ます。
ここが曖昧なまま走り出すと、数年後、あなたの仕事はその日の経営の気分で評価されることになります。
とはいえ、経営に「目的は何ですか」と聞いても、明快な答えは返ってこないのが普通です。
お勧めは、自分から目的と目標を仮置きし、たたき台として示して反応を引き出す方法です。
経営は白紙には答えられなくても、たたき台には必ず反応してくれます。
この往復こそが、期待値の言語化なのです。
二つ目:全体の地図を手に入れ、現在地を確かめる
2ヶ月目で取り組むべきは、新規事業の旅の全体像、すなわち「地図」を手に入れることです。
企業内新規事業は、テーマ探索から課題検証、解決策の検証、製品化・事業性の実証、事業化、成長へと、フェーズを踏んで進みます。
この地図を持たずに走り出すと、「今、何をすべき段階なのか」がチーム内でも経営との間でもずれ始めます。
検証段階のチームに経営が売上を期待する、というすれ違いは、地図の不在から生まれる典型的な事故です。
すでに走っている案件を引き継いだ場合は、現在地の確認から始めてください。
ポイントは、「何が作られたか」ではなく「何が検証で確かめられたか」で判定することです。
着任直後の新鮮な目で現在地を問い直せるのは、新任者だけの特権です。
三つ目:味方の候補を見つけ、小さく借りを作る
最後の3ヶ月目で取り組むべきは、仲間づくりの布石です。
企業内新規事業は、一人でもチーム単独でも進みません。検証には事業部門の顧客接点が、契約には法務が、品質基準には品質保証部門の知恵が必要になります。
壁にぶつかってから協力を求めに行くと、相手には「突然やってきて無理を言う人」に見えます。そうなる前に、平時のうちに顔をつなぎ、相手の関心事や困りごとを聞いておくのです。
私がグループ全体の新規事業推進を担った際も、最初に効いたのは、各社・各部門とのコミュニケーションルートの確立でした。
定期的に課題や悩みを共有し合う関係ができてから、個別案件の相談は格段に通りやすくなりました。
人は、正しい提案だから動くのではなく、信頼している相手の提案だから動くのです。
3ヶ月で成果は出せなくても、信頼の口座を開設することはできます。
なお、三つの取り組みを「1ヶ月ずつ順番に」と厳密に区切る必要はありません。実際には並行して進みますし、期待値の言語化は一度では終わらず、3ヶ月を通じて往復するものです。
大切なのは順番の思想です。
アイデアや施策の検討は、期待値と地図が揃ってからの方が、圧倒的に速く、迷いなく進みます。
逆に、この土台を飛ばして「とにかく早く成果を」と走り出すと、数か月後、進んでいる方向そのものを問い直されることになります。
急がば回れは、新規事業の着任期にこそ当てはまる言葉です。
おわりに
最初の3ヶ月で、期待値・地図・仲間の三つを整える。
地味に見えるかもしれませんが、これは旅に出る前の装備です。
装備なしで飛び出した担当者が道半ばで消耗していくのを、私は何度も見てきました。
逆に、この三つを整えた担当者は、同じ困難に出会っても、立ち返る場所と頼れる相手を持っています。
焦ってアイデアを探す前に、まず旅支度を。
それが、数年後のあなたを助けます。
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