「うちには新規事業の経験者がいない」は本当か? 経営と現場の“認識のズレ”を埋める「経験」の再定義

なぜ「経験者がいない」と感じるのか

経営層や人事の方と議論をしていると、必ずと言っていいほど、この言葉を耳にします。

「うちの会社には、新規事業の経験者がいないんです」

まるで社内には、新しいことに挑戦できる人材が一人もいないかのような嘆きです。

しかし、現場の実態は少し異なるかもしれません。

先日、みらいワークス総合研究所様が実施された「大企業社員1,000人への意識調査」で、興味深いギャップが明らかになりました。

その調査では、現場社員の約7割が「自分は新規事業の経験者だ(何らかのプロセスに関与したことがある)」と認識しています。しかし、冒頭にあるように、会社側(経営・人事)は「社内に経験者が不足している」と強く感じているのです。

ここに、「認識のズレ」が生まれています。

数字だけ見ると、「思ったより経験者は多いじゃないか」と感じるのではないでしょうか。
世の中的には、経験者がいないともっと言われているように思います。

ここで注意いただきたいことは、回答いただいた方々は「すでに新規事業に関与したことがある人」 だという点です。

新規事業に携わっている方々は、新規事業の難しさをわかっているので、現実的な経験ラインとして、

 ・アイデア創出
 ・PoC(仮説検証)

あたりを「経験者の最低ライン」としてイメージしていることがアンケート結果からもわかります。

一方で、企業内で「経験者がいない」と嘆いているのは、むしろ新規事業に直接は関わっていない側、
例えば、役員や本部長クラスだったり、配属を決める立場の方々だったりするのではないでしょうか。

新規事業に関わったことがない方々は、

 ・売上が立っている収益化
 ・PMFまで到達している

といった、かなりハードルの高い状態を“経験者像”としてイメージしていることが多いのではないかと思います。

今回のアンケートでは、経営層や人事など新規事業に関わったことが無い層は対象外でしたが、一度アンケートを取ってみると、認識のズレが明確になるように思いました。


さて、この「認識のズレ」はなぜ生まれるのでしょうか。
それは、双方が持っている「経験」という言葉の定義が、まったく異なっているからです。

本稿では、調査結果から見えてきた、このギャップを解消し、社内に眠る「隠れた経験者」を発掘・育成するための3つの視点をご紹介します。


1. 「経験」の定義を見直す:成果主義からプロセス評価へ

Point:PMF未達でも「プロセス経験」は貴重な資産である

経営層が「新規事業の経験者」と言うとき、多くの場合「売上を10億円作ったことがある」「PMF(Product Market Fit)を達成し、事業を黒字化したことがある」という「成果」を基準にしがちです。

しかし、新規事業はその構造上、「多産多死」が前提です。

フェーズが進むほど生存数は絞り込まれていき、PMFまで完遂できるプロジェクトは、なかなかありません。

つまり、「PMF完遂者」だけを経験者と定義してしまうと、社内はおろか、世の中を探しても採用候補者は極めて希少な「スーパーマン」だけになってしまいます。

この定義に固執することの弊害は、社内に確実に蓄積されている「失敗の経験」や「プロセスの知見」が見過ごされてしまうことです。

たとえ事業化に至らなかったとしても、「顧客ヒアリングで仮説が否定された経験」や「アイデアを企画書に落とし込み、社内提案制度に応募した経験」は、立派な資産です。

私が支援の現場で提唱しているのは、「売上=経験」ではなく、「行動=経験」と捉え直すことです。

「PMF未達=未経験(ゼロ)」とみなすのではなく、そこに至るまでのプロセス経験そのものを評価軸に組み込むことで、見えなくなっていた「社内の経験者」が可視化されます。


2. 「スーパーマン探し」からの脱却と「経験のレベル化」

Point:すべてのフェーズを完遂できる人材はいない。「経験ラダーマップ」で可視化する

新規事業に必要な能力は多岐にわたります。
0→1のアイデア創出、顧客へのインタビュー、プロダクト開発、そして社内政治や決裁取得。

これらすべてを一人で完璧にこなせる「スーパーマン」を外部採用や社内公募で探そうとしても、徒労に終わることがほとんどです。

現実的な解の第一歩は、社内の既存人材の経験を分解し、可視化(レベル化)することです。

私はこれを「経験ラダーマップ」と呼んで整理することを推奨しています。
「経験がある/ない」の二元論ではなく、以下のようにレベルを分けて評価・活用します。

・Level A(関心層): 新規事業の作法やフレームワークを研修等で学んでいる。
・Level B(行動層): 自らアイデアを創出し、社内の新規事業提案制度に応募したことがある(落選含む)。
・Level C(実践層): 顧客ヒアリングを行い、PoC(仮説検証)を回したことがある。
・Level D(事業化層): 実際にプロダクトをローンチし、売上を立てた経験がある。

経験ラダーマップ:新規事業個別プロジェクトの推進者の例

このように定義すれば、「Level Bの人材は、次の提案制度のメンターになれる」「Level Cの人材は、別プロジェクトの検証フェーズにアサインできる」といった具体的な配置が可能になります。


3. 「失敗」を個人の傷ではなく、組織の資産にする

Point:撤退経験者こそが、社内の「壁」の突破方法を知っている


かつて私が携わった大企業の現場でも、過去に社内提案制度で落選したメンバーや、事業撤退を経験したメンバーこそが、実はプロジェクトの強力な推進役になるケースが多々ありました。

なぜなら、彼らは「なぜ企画が通らなかったのか」「どこで躓いたのか」という、社内特有の「壁」や「調整の勘所」を最も熟知しているからです。

これこそが、外部のプロ人材にはない、社員ならではの泥臭い実践知です。

「失敗」には、再現性のある学びが含まれています。

一度の撤退や落選でその人材に「バツ」をつけて埋もれさせるのではなく、「ナイス失敗(学習)」として称賛し、その経験を組織のナレッジとして循環させる仕組みを作ること。

「あの時の失敗は、この仮説検証が足りなかったからだ」と語れる人材こそが、次の挑戦を成功に導くキーマンになります。


足元の「種」に水をやることから始めよう

「経験者がいない」と嘆く前に、まずは足元を見てみてください。

過去に提案制度に手を挙げた人、業務外で自主的に勉強会を開いている人、顧客のクレームに向き合い続けている人。

彼らは「スーパーマン」ではないかもしれませんが、新規事業に必要な「経験の種」を持っています。

その種を見つけ、適切な定義と評価で水をやることこそが、継続的なイノベーションを生む土壌となります。

サバティカルファームでは、こうした「隠れた経験者」の発掘から、組織全体の経験値を可視化・資産化する仕組みづくりまで、現場の実態に即したご支援を行っています。

社内の可能性を信じることから、変革を始めてみませんか。